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広島地方裁判所 昭和43年(わ)763号 判決

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中六〇日を右の刑に算入する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  昭和四三年一二月二日午後七時ごろから、友人のA(当一八年)とともに広島市流川町付近のバーなどで飲酒したのち、帰宅するため、同日午後一〇時二〇分ころ、同市田中町音戸温泉前付近で、おりから同所を通りかかつた細居隼人(当二三年)が運転するタクシーに乗車し、被告人において右細居に対し、「平塚までいつてくれ」といつて行先を指示したところ、はつきりした返事がなく、ついで被告人が「平塚でわかつとるんの、福山運送に行くんで」といつたのに対し、細居が「わかつとるわい」と横柄な返事をしたことに憤激し、同市弥生町大瀬戸外科医院前付近で停車させて右自動車の助手席に乗り移り、「あんたの態度はなんの」「わしらをだれじや思うとるんなら」などと詰めより、同市東平塚町福山通運前付近において「すまんですむと思うか」といつて手で同人の顔をなぐるやここに被告人と前記Aとは意思相通じ、細居をして自動車をさらに右福山通運南側の通称一〇〇メーター道路の中央付近まで進ませたうえ停車を命じ、Aにおいて細居に対し、「兄貴に頭に来さすようなことをいうたら、わしも頭へ来てんじや」などといつて同人の胸倉をつかんで車外にひきずり出そうとし、あるいは同人の顔面や右耳介部を手拳で数回なぐりつけたり革靴をはいたまま足蹴りにするなどの暴行を加え、よつて同人に対し、全治まで約一週間を要する顔面打撲傷、右耳介部挫傷を負わせた。

第二  右犯行直後、その発覚を慮り、人目を避けるべく再び右自動車を前記福山通運南側の一〇〇メーター道路から東方に約一五〇メートルはなれた同市鶴見町鶴見橋西詰の京橋川岸まで進ませて停車を命じたが、被告人らの前記言動により不安を覚え動揺している細居から金員を喝取しようという気になり前記Aと意思相通じ、同日午後一一時前ころ、同所においてこもごも「お前どうする気じや」「かつこうつけい」「一〇万円つくつてくるか」などといつて暗に金員を要求し、もしその要求に応じなければ同人の身体に対しさらにどのような危害を加えるかもしれないような気勢を示して同人を畏怖させ、よつて即時その場で同人からその所有する現金五、〇〇〇円の交付を受けてこれを喝取した

ものである。

(証拠の標目)《省略》

(強盗致傷の訴因に対し、傷害恐喝を認定した理由)

前掲各証拠によれば、夜間人通りの極めて少ない場所で、被告人ら二人の若者が、被告人らよりも体格の劣るタクシーの運転手に対し、判示のような、なぐる、蹴るの暴行を加え、あるいは脅迫したものであるから、その暴行、脅迫の程度は一見相手方の反抗を抑圧するに足りるものであつたかのように考えられなくもない。

しかしながら、他面、本件犯行の経緯と状況をつぶさに検討してみると、右暴行、脅迫の程度は、未だ相手方の反抗を抑圧するまでにはいたつていなかつたと認めざるをえないのである。すなわち、被告人らは判示のとおり、音戸温泉前でタクシーに乗車したところ、細居運転手の態度が横柄であつたため憤激し、まず被告人が福山通運前付近で同人の顔をなぐつたが、次いでAが一〇〇メーター道路で同人を車外にひきずり出そうとした際には、被告人がAに対し「すな、すな」といつてあまり手荒なことをしないように制止し、そのために右細居も車外に出なかつたこと、また鶴見橋西詰の京橋川岸においても、被告人は小用のため等で再三車を離れ、しかも、売上金のことに話がおよんだ際にも、被告人は「ようもうけたんじやのお」などといい、Aも「兄貴、それだけは手をつけな」などといつており、また被告人が細居に対し「お前時計をちよつと見せてみい」といつて時計を呈示させた際にも、被告人が「メーカーは」ときいたのに対し、同人は「セイコー」といつてこれに答え、さらに被告人は右時計を「曇つているじやないか」といつて同人に返していること加えて本件の五、〇〇〇円は細居が「これでかつこうをつけてつかあさい」といつて座席の上に置いたものを、被告人が受けとつたのであり、しかも、そのあとでAにおいて細居から紙片とボールペンを借り受け「酒代により、一金五千円也おかしします」などと記載して同人に指印させ、さらに、タオルを出させて「わしらのことを今いうて行つたら東署にいつてもすぐわかるんじやけんのお」などといいながら車についている被告人らの指紋をふきとるなどしているのであつて、このような本件犯行の経緯や状況にかんがみると、被告人らが被害者細居に対して加えた暴行、脅迫をもつてその反抗を抑圧するに足りるものであつたと認めるには、あまりにも緊迫感を欠くものであるといわざるをえない。しかも、被告人らは、別段兇器を使用しているわけでもなく、また被害者をその場にとり押えて動けないようにしたわけでもないのであるから、被害者がその場から逃げ出そうと思えば、決して不可能ではなかつたと考えられる。

要するに、被告人らの加えた暴行、脅迫の程度は、相手方の反抗をかなり困難にさせるものであつたと認められるが、さらに進んで、その反抗を抑圧するに足りるものであつたとは認めがたい。また被告人らが当初から、細居より金員を奪取しようと企てたものでなく、同人の態度に憤慨して暴行を加えたため判示傷害を生ぜしめたのち、判示のように金員喝取の犯意を生じたものと認められるから結局本件については、傷害罪と恐喝罪が成立するにとどまるというべきである。

(法令の適用)

被告人の、判示第一の行為は刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので所定刑中懲役刑を選択し、判示第二の行為は刑法六〇条、二四九条一項に該当するが、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文一〇条により犯情の重いと認められる判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を懲役二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右の刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることにする。

よつて主文のとおり判決する。(西俣信比古 神垣英郎 喜久本朝正)

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